menu. 43「六華」
「今年の冬は冷えるね。」
そう呟いたのは、彼だったか自分だったか。
ふらりと立ち寄った喫茶店で、少し暖かな物を飲もうと言う話になりドアを開いた。
すらりと背の高い男性が笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。外はさぞや寒かったでしょう」
物腰の柔らかいその人物が、この店のマスターのようであった。
「今日は新作がございまして、試飲して頂けるお客様を捜していたのですが…いかがでしょうか。いえいえ、勿論お代は頂戴致しませんよ」
無理矢理に押し切られる形で、その「新作」を二人して頂く事になった。
「お待たせしました。こちらが新作『六華』でございます」
運ばれてきたものは、どうやら珈琲の様ではあったが…驚く事にそのカップの周りを雪の結晶が舞い散っていた…!
「あの、マスター…こ、これ…」
戸惑っている僕たちに、さもあらんと言った風のしたり顔でマスターが説明を始めた。
「六華とは雪のことでございますね。この珈琲は冬の精霊からの贈り物なのですよ。さ、とりあえずお飲み下さいませ」
うぇ、ますますそれって『冷たい』って事じゃないのかよぅ…。
口を付けるまで目を話しませんからね♪的なマスターの満面の笑みをチラと横目で眺めつつ、おずおずと口を付けた。
あれ…?
その珈琲は温かかった。
雪の結晶は確かに冷たく、鼻や頬に当たる度にひんやりとした触感を残し淡く消えていく。
ただ、良く飲む珈琲と違い…やたら熱かった。
「冬の精霊からのささやかな贈り物なんですよ」
マスターは繰り返し告げた。
「冬は確かに寒く、時に厳しい物です。でも、冬だからこそ寒いからこそ暖かな物のありがたみが判ると言うものです。」
確かに真冬、外で飲むココアや汁粉は室内や冬以外の季節に飲むよりも、遙かに暖かみを感じはする。
彼は続ける。
「冬の精霊はふと思ったのですよ。冷たい時期だからこそ感じる温かさを知って欲しいと。冬だからこそ温かい物のありがたさが判る事を知って欲しいと。冬を暖かくする事は出来ない代わりに、その寒さをしのぐための暖かさを贈りましょうとね…もしかすると、ちょっとしたお詫びの気持ちなのかも知れませんねぇ」
冷たいのに温かい、その珈琲を飲みながら「へぇ…」と、その話を聞いていた。
少し酸味の強い味わいの中に突き抜ける一瞬の鋭い物は、冷え切った寒さの中で知る熱を持った何かを連想させる。
「でもね、気まぐれな冬の精霊ですので、いつこの『贈り物』に飽きるか判ったもんじゃありません。だから、期間限定なのですよ」
はぁ、そうなんですか。と答える横から、隣に座る友人が突っ込む。
「それはいいとして…コレ、何かすげぇ熱くないッスか?沸騰しちゃってる的な?」
僕が躊躇して聞きそびれていた事をハッキリと聞いてしまった。
「ははは、そうなんですよ。この辺りは気まぐれで思い込みの激しい冬の精霊らしいなぁと」
旨い珈琲には目がない僕達だ。
しかもこんなに不思議な珈琲、滅多にお目にかかれない。
口の中を若干、火傷しつつ僕達は饒舌なマスターの話を聞きながら、その不思議な珈琲を味わっていた。
そろそろ冬も本格的に寒くなって来た。
こういう時に飲む温かい飲み物は、確かにありがたいよな。
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春なのに、いや、もはや初夏なのに…冬の話題ですw
動画製作との兼ね合いで、掲載しそびれていた上に上に忘れ去っていたエピソードを、ムリクリに組み込みました(^^;;