menu.43「睡蓮の想い」
掛ける言葉が毎回裏目に出てしまい行き違う気持ちが悔しい。
沈みきった心を引きずり歩いていると、不思議な雰囲気のカフェが見えてきた。
そう言えば、あそこって先輩から教えて貰った店なんじゃ…?
レトロな佇まいを見せる、その店の古ぼけた看板には『cafe えりくしる』と書いてあった。
「いらっしゃいませ」
物語に出て来そうな初老の執事を思わせる身なりをしたマスターらしい人物がやって来た。
テーブルにつき、件の先輩から『是非飲んでこい」と勧められていた飲物を、差し出されたメニューに見つけ、注文をする。
薄暗い店内に居る客は僕ひとり。
…恐らく掻き入れどきであろう、この時間帯でこれじゃ経営とか大丈夫なのかな?
もしかして料理とか、恐ろしくマズいとかじゃ…?
いやいや、あのグルメな先輩がそんな店を勧める訳ゃ無いよな…でもなぁ。
若干、不安になりつつ窓へと目をやってみた。
そこから見える外の風景は、もう冬のそれと変わっている。
さすがにこの季節、涼しいとはお世辞にも言えない風が建物の間をすり抜けていく。
眼を細め、逆光になった植え込みの樹を眺めながら、色々と物思いに耽った。
僕には長年つきあいのある友人がいた。
今の悩みは彼の事だ。
何があったのかは判らないが、以前と打って変わってやたら反論してくる彼に、ついこちらも喧嘩腰になってしまう。
いつもなら何でも話してくれたのに、最近は何を訊いても「別に」の一点張りだ。
もう彼の気持ちがだんだん判らなくなってきて、奴との付き合いも潮時なんだろうか…とまで悩んでしまう。
あんなに仲が良かったのにな…まるで兄弟の様に。
「お待たせ致しました」
出されたその飲み物は不思議な香りと色合いをした珈琲だった。
そっと持ち上げた、そのカップの中を覗き込んで見る。
すると、珈琲独特の香りに何かこう…不思議な懐かしさを感じた。
そしてその直後、注がれていた液体の表面がゆらりと、揺れ…まるで池の中から空を見あげる様な感覚に捕らわれ…。
我に返り、改めてカップの中を見直すと、そこに何かが像を結んだ。
「えっ」
そっと近寄ってきたマスターが、穏和な笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「お客様…何かお悩みだった様ですね。
その珈琲は『想い』を熟成させて豆に加えて仕上げた特別な珈琲なのですよ。
注がれた珈琲の中には、飲む人にとって今、必要な物を表す何かが映り込むと申します。無論、それは当人にしか見えないのですが…
さて、お客様には何が見えました?」
僕がそこに見たのは小さな睡蓮の花だった。
僕は店主に、ぼそりと応えた。
「睡蓮の花が…見えます」
そうですか。と応え、彼さらに話を続けた。
「ときにお客様、睡蓮の花言葉をご存じですか?」
「いや」
すると、マスターは小首をかしげ、
「睡蓮の花言葉は〝信頼〟でございますよ」
…と、彼は笑顔を浮かべ教えてくれた。
そうか。
信頼、か…。
うん…そうだな。
長い付き合いだと言う事に甘えて、自分の考えを押し付けていたのかも知れないなと感じた。
もうちょっと奴の気持ちも考えて腹を割ってしっかり話をしなくちゃいけなかったんだな。
今更の様に「親友」と言う単語が脳裏をよぎった。