描:ほっと一息。-カップベンダーの珈琲-
「お疲れ様」
同僚達の、まさに同情に満ちた挨拶に見送られ,俺はオフィスを後にした。
真っ直ぐ帰る気にもなれず、その足で下のフロアにある自販機コーナー兼休憩室へ立ち寄る事にする。
他人の失態から起きたミスを運悪く全面的にひっかぶる羽目になったのは何故だろう。
昔から良く運が悪いだの、不運が服を着て歩いているだのとネタにされては居るので、いい加減なれっこではあるが…それでも、あからさまに他人のミスだと判る事まで「お前が悪い」とか言われるのは,正直気分の良い物ではない。
後輩のミスなら喜んで庇いもするし、相手先へ謝罪に行くなら、それにも付き合う。
それが先輩や上司とか言われる者の務めであり当然の事だと,俺は思っている。
しかし、今回はよりにもよって社長の腰巾着の誉れも高い、かの部長の失態と暴言から来た取引先からのクレームだった。
無責任な言い逃れも大概にして欲しい。
何故、俺のせいになるんだよ…
考えたところで仕方がないんだけど、やりきれないものがあった…。
その場しのぎに俺の名前を出し、全部なすりつけやがって全くいい気なモンだ。
そこまでグルグル考えて,溜息が出た。
「あ〜もぅ…!」
…と、そこまで漏らした直後、背後から明るい声がした。
「気疲れ様!どうしたよ?元気出せや!今回のはお前ぇが悪いとか誰も思ってねぇからさ!」
肩越しに振り向けば、そこには俺の先輩がニヤニヤしながら立っていた。
ごっつい手に持たれたカップベンダーのブラック珈琲を勧められ、手に取り一口。
…苦い。でも、なんだか少しだけスッキリした。
「すまんな、俺が居たらあんな奴…」
「いあ、いーんです。先輩は先輩で下請けさんとウチとの間で折衝とか大変なんだし」
話をしている内に、なんだか気分もずいぶんとマシになってきた。
強引で荒削りな営業スタイルで好き嫌いをハッキリ分けられてしまうタイプだが、どこかしら憎めない人だ。
そんな先輩に内心、感謝する。
「あっ、そうだ!この前、駅の近くに超旨い寿司屋が出来たの知ってるか?今度一緒に行こうや!」
下心みえみえで、そう話す先輩に「あーはいはい。でも給料日後にして下さいよ?ただし割り勘」と返すと、「あれ?慰めてやったお礼とかない訳?」とおどけて応えてきた。
「もちろん,驕りますよ」と俺は立ち上がった。
「自販機は勘弁な」と先輩も立ち上がる。
「じゃぁ行きましょうか。行き付けの専門店で極上の珈琲を驕りますよ」
ニヤリと笑いながら俺はその場を出た。
「うはー珈琲かよぅ…でも俺ゃブルマン、しかもNo.1っきゃ受け付けねーぞー」
同じくニヤリと笑い返しながら先輩もついてきた。
「…奢り、だよな?」
「は?」
「いやぁ、さっきの珈琲で俺のお財布さまはすっからかんになっちまってさ♪」
…先輩…orz
もうちょっと金銭感覚を付けて欲しいよな。
だけど、その気配りの良さは学生時代から変わらない。
彼に感謝しつつ,俺と先輩は行き付けの店へと向かった。