menu.48「星月夜」
夏の喧噪がじわじわと収まり、やがて季節は秋へと移っていく。
コントラストの強い青空も、ゆっくりと疲れを癒すかの如き柔らかな色合いへと変化しているのに気付いた。
空と言えば、夜の空もじんわりと姿を変えていく。
さざめく星々の精霊の声も、年に一度行われる星祭りが終わった辺りからは静かなもんだ。
「いらっしゃいませ、こんばんは。
ようやく暑さも収まってきて、少しずつ過ごしやすくなって参りましたね」
笑顔でマスターが迎えてくれた。
仕事で隣の郷(くに)まで、商売道具の修理を依頼してきた帰りだ。
明け方に出かけたのに、帰ってくるのに何時間も掛かってしまった。
「マスター、ごめんよ。もう閉店時間じゃないか?」
「いえいえ、とんでもございません。お客様が居られる時間が全て営業時間でございますよ」
マスターに、クマオオハチのハチミツ入りエール酒と、ココナサのバターサンドを注文してひと息。
見あげれば夏の名残の「夏追い鳥座」が西に傾き始めている…夜中近いのか。
また明日あの郷まで修理が終わった道具を受け取りに行くのかと思うと、ぐったりするな…
「お待たせしました」
おっ、待ってました♪と顔を向けると、エール酒と一緒に見たことのない食べ物が置かれていた。
「あれ?これ…俺、注文して…」
「いえいえ、お客様。たいそうお疲れのご様子でしたので、口当たりの良い物の方がよろしいかなと思いまして。無論、私のおごりですから遠慮なさらずに」
時折、ここのマスターは注文したものを出さずに新作を提供してくれる。
有り難いような…微妙に残念なような。
でも、そうやって添えて出されるものは毎回、確実に何かしら心や体を癒してくれるので、愉しみでもあったりする。
「星月夜(ほしづくよ)、と申します。星降りの里から取り寄せた素材を使ったお菓子なのですよ。今年の星祭りで提供させて頂いた新作なのですが…有り難い事に大変好評でしたので、しばらくメニューに加えてみたんですよ」
うへぇ、それはそれは。
俺達、星びとは季節毎に巡る星座と共に土地を移動し、あちこちに散らばる「星に因む」精霊達と取引をしている一族だ。
お陰様で…その噂の星祭りなんざ一度も参加出来たためしがない…。
「お客様、お祭りには参加出来ないのは残念でしょうね。せめて、星祭りに供されたこの菓子を召し上がって下さいませ」
そう言って勧められたその、淡々(あわあわ)とした菓子には星降りの里から仕入れたのであろう煌めきの飴屑や星の沙砂糖がふんだんに使われていた。
「うまい…」
口の中でふわりととろける外側と、その中に封じ込められた爽やかな何かの弾ける感触が愉しげだった。
何だか遠くで祭り囃子が聞こえてくる様な気分だ。
「今年のお祭りでは、夏を司る筒媛様がたいそうご機嫌が麗しく、星降りの里でも星華や星煌の実などが豊作だったのだそうですよ」
それは善い事だ。気性の激しいあの女神様の機嫌が良い年は、どこでも景気が上向くってぇ話だ。
「そして」
マスターが「ふふ」と笑う。
「お酒に少し酔われた筒媛様が珍しく上機嫌で、参加した者達にまで〝綺羅の星屑〟を振る舞って下さったのですよ」
綺羅の星屑は薬にすれば、夏に掛かりやすいセミ風邪や磯かぶり病の特効薬となり、料理に使えばどの具にも合う万能調味料、菓子に使えば…
「そうか!さっきから耳の奥に聞こえていたのはこれか!」
菓子を作る際に、これを封じ込んでおくと口にした者が懐かしがったり、憧れる物を連想させる、優しく落ち着いた気分にさせてくれるんだった。
「星祭りかぁ…来年は親方に無理言って覗きに来ようかな」
「ご無理はしない範囲で…でも、出来ればおいで下さいませ。疲れもふっとびますよ」
窓から月光が仲々良い感じの角度で挿し込んで来た。
もうすぐ秋だな。